AMANOIWATO vol.6

突然、上方から人の声がした。

ついに助けが来たのだ。

 

動かなくなってしまった体をどのようして6mも引き上げるのか、と考えていたが、どうやらレスキュー隊が来たようだ。

隊員の一人が声をあげ、こちらの意識や状況を訪ねてきたのだ。

 

暗闇の中で、しかも吐息が白くなるほど気温の低いこの場所で、もうすでに4時間以上経っているらしい。

冷え切った身体は芯まで凍ったように固まり動かなくなっている。

 

命綱となるロープが洞窟入り口の木に縛り付けられ、地中の奥深くまで引き伸ばされた。

彼らにとっても想像外の驚くべき空間と困難さの任務だったようで、濡れて滑りやすい足場を慎重に、そして機敏に作業をする。

 

さらに1時間が経過した頃、ようやくプラスチック製の担架と隊員がロープを伝って降りてきた。

思うように動かすことの出来ない身体を、激痛をとものないながらもなんとか担架に移動させて縛り付け、隊員から優しい勇気づけの言葉をかけられながら、下に落ちる重力を感じながらも垂直の穴を上昇していく。

 

落下した時と同様に、だが、それはまるでフィルムの逆回しの映像を見ているように、無限に広がる暗闇の巨大空間を目にした後、担架の角度は水平になって、その次には岩の天井に記される象形文字のようなオレンジ色の幾何学模様がスクロール画面として次々と展開していった。

 

その神秘的な模様が自動的に目に写りこむと、頭はその記号たちの意味を理解する間もないまま、即座に脳に直接、何かのプログラムをインストールされていくような不思議な感覚におちいった。

抽象的だが完璧な太古で未知のアルゴリズム。神秘とは言葉や意味を超えるものなのかも知れない。

 

「もう少しの辛抱だよ。」

隊員は力強くも優しい声で語ると、高速でスクロールしていく石版記号の光は次第に明るくなってキラキラと輝きはじめた。

コントラストが明るくなるにともない、冷たかった空気も暖かみを帯びて、懐かしい大地の匂いがして来た。

 

「助かったんだ。出れるんだ。」

と、そう思ったその瞬間、突然目の前に真っ青な湖があらわれ、目が眩むほどのブルーの世界に飛び込んだ。

 

湖が雲ひとつない青空だと気付いた時、同行していた友人たちが自分の帰還を祝福してくれた。

彼らに時間を尋ねると、登山をはじめた時間から6時間以上が経過しているようだ。

 

今日の演奏会に向かうギリギリの時間だと思ったが、頭上からバリバリと響いてくるヘリコプターの音が近づき、新たな救命ロープが垂れ下がってきて即座に担架に繋がれた。

急な山道を下山して担架を運ぶのはとても危険で、しかもさらに時間が費やされるということでヘリコプターで近くの病院にひとまず搬送されることになったようだ。

 

この時点では、自分の身体の状態は軽い打撲や捻挫と思い込んでいたので、

「少し遅れて会場入りするけど、本番には必ず間に合うから」

と友人に言い残し、あれよあれよと天空高く垂直に上昇をはじめたのだ。

 

見事に人工建造物がいっさい見当たらない高千穂の大自然。

その圧倒的な美しさを見ていると、垂直にぶら下げられていた担架は水平になってヘリに積み込まれ、ようやく横たわることが出来た。

 

ヘリはさらに高く上昇し、目前には雄大な地平線と水平線が広がりはじめた。

天上界にやってきたのかと見まごうばかりの夕焼けが、青から紫へとピンク色へとグラデーションが移り変わっていく。

 

「これは夢なんだ。夢にちがいない。」

とつぶやく独り言が、プロペラとエンジンの轟音とその風圧でかき消された。

 

つづく

次回の記事は2018/08/17(FRI)に更新です!

 

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