AMANOIWATO vol.3

急勾配の岩場がようやく終わり、行き止まりの岩壁までたどり着いた。

夢の記憶に思えて仕方なかったあのブラックホールのような垂直の穴が、寸分狂いないイメージで目下に存在していた。

十数年の長い道のりの末、ついに故郷へ帰り着いたような安堵感と懐かしさを憶える。

吐く息は白くなるほど、かなり気温は低いが興奮で寒さを感じない。

 

いったん灯りを消して、暗闇の中で祈りと瞑想の黙祷を執り行う。

神聖な儀式のように、美しい沈黙が永遠に続く。

祈りには対象も個人的な願いもなく、思考をとめて脳の中心部が活性するままに委ねて、この時空間の発生をただただ感謝するのみだ。

 

瞳孔を見開くと、眼球に映るはずのない白っぽい炎と煙のイメージがゆっくり浮かんできた。

それは二対の龍のような姿で弧を描き回転しながら融合し、新しい生命が誕生する瞬間のように正三角形の光へと変化し、シンメトリックな幾何学模様へと増殖を繰り返す。

 

再びロウソクを灯し岸壁に突き刺すと、同行者のライトを借りて、ボッカリと開いている穴の先端まで接近する。

心は静まり恐怖心も消え去っていた。

 

光は穴の下に拡がる巨大空間を照らすが、それは闇の底に吸い込まれ漆黒の闇が無限に続き、全貌を現さない。

想像以上に広い空間が続いていそうだが、唸るように轟く聴こえない音圧を感じると、下の見えないこの奥底へ降りれるとは思えなかった。

だが目を凝らしてみると、手前1mほど下に祭壇のような岩が浮かび上がっているではないか。

 

これまでに修験道の岩場や巨石群の山を登ることも多かったので、見つけたこの岩の構造にも馴染み深い親しみが湧き、先達が下ったであろうラインを読み取ることが出来た。

同時に勇気も湧いてきて、懐中電灯を友人にひとまず渡し、岩を一段降りたところで再び懐中電灯を受け取るイメージで、

「ちょっと下に降りてみる」と言いながら、いつものようにぴょんとすぐ下の岩に飛び降りた。

 

予定通り何の問題もなく下の岩に着地するつもりだったが、これまでに経験したことのない足の感触で、丹念に磨き上げられ黒光りした岩のようにツルツルとして、ワンクッションの着地後はそのまま滑って奈落の底へ急降下がスタートしたのだ。

 

予想を超えた緊急事態。

修験道の岩場を降りるような安心感から、すかさず底の見えないブラックホールへ急速で吸い込まれる現実の恐怖。

それを封じ込めるよう声を上げることが自分の出来る最後の動作だった。

 

落下するスピードが加速する中、反比例するように時間感覚がゆっくり流れはじめた。

声をあげ終わったとき、それは沈黙の時間に変わった。

もうこの先は自分に出来ることは何もなくなってしまったことを悟る。観念するとはまさにのことだ。

なすがままに委ねるしかないとき、運命に身を委ねることは自分の信念が試されることと同意であることを知る。

 

これが人生の結末とは想像もしていなかったが、そうなるのなら運命だったのだろう。

自分が洞窟の最深部へ落ちていることも忘れてしまうゾーンの中にいる時、肉体に宿る自分の魂の存在に深く気づかされた。

この感覚を感じれればもう安心だ。

それは座禅や瞑想、シャーマンの儀式、ある瞬間の演奏中と共通するあの感覚だ。

 

つづく

 

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