EXPE INTERVIEW LONG SET VOL.1

Question = K.Yamaguchi and Friends
Answer = Yoshitake EXPE

 

Q:この10年間以上、国内外をひたすらツアーをして回り、大阪の自宅にいるのは年に2週間程度とおっしゃっていてすごく驚きました。
ただ国内でツアーをして回っているだけではなく、基本的に一人、車で移動して時には車中泊。自身で演奏できる場所を探し、時にはストリートでゲリラ的にライブを行うというそんな活動を10年以上。インドのサドゥーのような印象さえ持ちます。
人生をかけて真摯に対し音楽に取り組んでいますし、そんな姿を見てYoshitakeさんが何を考え、感じ、生きているのか。Yoshitakeさんにとっての音楽はどのような存在なのか是非ともお話を伺いたいと思いました。

まずは若いころの記憶の片隅にある音楽体験から音楽にのめり込んでいくきっかけ、どのように本格的な活動が開始されていったのかの経緯を伺いたいと思います。
というのは人格が形成される若いころの原体験が現在に及ぼしている影響は何事にも関係しているからです。
Yoshitakeさんの音楽の原体験はどのようなものでしたか?

 

A:幼少期、母がピアノ教師で家でレッスンをしていたので、今思えばお腹の中にいた時から音感が養われたのかなと思います。
父はオーディオ好きで、休日になると大きな音でクラシック音楽をかけていたので、その影響も大きい。
小さい頃はTVの特撮ヒーローが好きで、父親が使わなくなったオープンリールやターンテーブル、おさがりのマイクなどで、逆再生したり回転速度を変えたり録音コラージュみたいなことをして遊んでいましたね。

 

 

Q:産まれる前から音楽と共にあるっていうのはとても興味深い。予めそのような運命にあるかのようですね。

 

A:今になって幼少期の環境の影響の大きさと大切さを気付かされてますよね。
音感が養われたり音響機器に親しめた事はラッキーだったのかも知れません。

当時、うちでは音楽イコール西洋クラシック音楽で、自分の特撮ヒーローのレコードを父の大きなステレオでかけてもらえないので、音楽は好きではなかったんです。
母からのピアノのレッスンも拒絶しましたし。
今思えば習っておけば良かったと悔やみますが、もし習ってたら今の僕はないとも思います。

 

 

Q:なるほど。
特撮ヒーローはどんなものが好きだったのですか?

 

A:バロムワンとか電人サボーガーとかカゲスターとかアステカイザーとかキョーダインとか、、
ウルトラマンやゴレンジャーのマイナーなものが当時はたくさんありました。笑

70年代の特撮ヒーローの音楽はシンセサイザーやエフェクトの効果音がすごくて、テレビやタンテなどのスピーカーにマイクを近づけて、その好きな部分だけをオープンリールとカセットテープに多重録音して遊んでました。

野球の実況中継の王さんがホームランを打った瞬間の音と歓声だけを集めたりね。笑
生中継で、王さんが打席に入った時は、マイク片手にポーズボタンをもう片方でいつでも押せるスタンバイで、集中してサンプリングしてましたね。

スクリーンに出てるヒーローにアクセスしたいだけで、音楽とは思ってなかったのですけども。

 

 

Q:心が純粋な状態の幼少期にオープンリールやターンテーブルで実験的に遊んでいたりマイクの面白さを知ったという原体験は現在のYoshitakeさんが軸にしている音楽のスタイル、例えば変拍子であったり、複雑なエフェクターの組み合わせで繰り広げられる音色やアルバムの録音方法であったりに強く影響を及ぼしていますよね?オーディオに関しても所有されている小松音響研究所の真空管アンプであったりAltecのスピーカーであったりも含めて。

 

A:そうかも知れませんね。
音で遊んだり親しんでいたことは今にそのまま繋がっていますね。

 

 

Q:コンサートやライブへ連れられたりもしましたか?

 

A:コンサートやライブに行った記憶はあまりないのですが、
3歳頃に両親の里帰りで大分県の国東半島や姫島の祭りが、強烈で幻想的でずっと心に残ってます。

40年以上も前の、国東半島のものすごく秘境のディープな祭りの雰囲気は、ものごころついた自分にとってはまさに、血湧き肉躍る体験でした。
今のように電気もなく、ただ炎の記憶が鮮明に焼き付いていて、自分のルーツ的な原体験で、潜在的にも強い影響を受けている気がします。

 

 

Q:なるほど。幼少期の経験が後年に及ぼす影響って計り知れないですよね。それが潜在的なものだったとしても実は幼少期からやっていることや、感じていることの本質っていうのは、いくら知識や経験が後付けされようが殆ど変わらないような場合も多々あるくらい。

ギターを始めるきっかけをお聞かせください。

 

A:小さい時に特撮ヒーローから始まった音の収集が、小学生にはラジオ番組で気に入った曲をカセットテープに順番に集める楽しみになっていたんです。

ある日、ラジオで流れていた当時のヒット曲の中にビリージョエルの「素顔のままで」という曲があって、そのイントロの音に魔法をかけられた様な気持ちになったんです。
そのたった数音でなぜかギターを弾きたい!と思って。

そして押入れにあったクラシックギターを取り出しては弾くような真似事をしていました。
チューニングの概念もなくて、そもそも弦も全て揃ってなかったですが、好き勝手に調弦して曲らしきものを作ったりして。

 

 

Q:ビリージョエルでギターとは意外!

 

A:そうなんです。面白い勘違いで、素顔のままでのイントロはギターじゃなくて、リチャード・ティー(スタッフなどで活躍する黒人鍵盤奏者)が演奏するフェンダーローズの音だったんですよ。フェイザーの揺れがかかった。
子供の僕はそんな事は知らないんですが、その音の響きがとにかく気に入って、何故かギターを弾きたくなったんです。笑

その後、間も無くVan Halenのギターに衝撃を受けて、エレキを弾きたくなって。
だけど当時、ちょっと問題児みたいな感じで、親からすごく厳しくされて、自分のやりたいことを取り上げられたり、させてもらえないような環境になっていて、エレキギターは歓迎されなかったんです。

当時はレンタルレコード屋さんに行ってヴァイナルを掘ってテープにダビングを繰り返す毎日で、そのハマり過ぎ具合に音楽を聴くのも禁止されそうになってましたし、、クラシックだったら歓迎されてたのかも知れませんが。

それで隠れてバイトしてエレキギターやエフェクターを買ったりして、こっそりバンド活動も始めたんです。
まあすぐにバレましたけど、笑。もうギターに夢中で十時間でもずっと弾いてました。

音楽をあさっては聴き、ギターをむさぼり弾く。
基本的にこの繰り返しパターンの生活が今も続いてます。

 

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つづく

 

次回の記事は2018/09/7(FRI)に更新です!