EXPE INTERVIEW LONG SET VOL.6

Question = K.Yamaguchi and Friends
Answer = Yoshitake EXPE
 
Q:音楽を探求し、ギターを弾くことが好きな思いが伝わります。音楽を探求することはYoshitakeさんの人生にどのように作用していますか?
 
A:音楽を通じて様々な出来事や出会いが起きますし、結果的に自分も世界も変化させられているように思います。
 
 
Q:変化とはどういう意味ですか?
 
A:自分は子供の頃から社会に合わせて生きにくかったんですが、唯一音楽は夢中にさせてくれる時間で、
そのうち自分でも何かを表したい、そういう初期衝動からはじまって、エゴ的な部分も長らくとても大きかった。
何のためにやってるのか自分でもよく分かってなかったんです。
 
ただ好きで夢中でやっている事でしたが、瞑想や儀式を通じ内面を掘り下げると心理的に色んな理由が内在しているんですよね。
自分の能力を示して人に認めらるため、自分のエゴ・自尊心を満足させ自画自賛するため、憧れの誰かのようになりたいため、寂しさを埋めるため、やりたい事でお金をもらいたいため、異性にモテたいため、、
そういった自己表現を目的としていても、本当の自分が満足できないことに気づいたんです。
気づくと自然にフォーカスする矛先がその次へと向かうので、自分の内側も外側も変化が起き始めるのだと思います。
 
 
Q:音楽を通して色々な経験をし内側も外側も大きく変化させられる。そしてフォーカスする矛先がその次へ向かうとの事ですが、今Yoshitakeさんの音楽生活はどこにフォーカスしているのでしょうか?
今自分は「自分が何者か」という事を認識する事にすごく興味があり、そこにフォーカスしているのですが。
 
A:自分が何者か。それが答えだと思います。
この哲学は全ての人間が自問自答しながら、それぞれの人生をかけて探り続ける普遍的なテーマだと思います。
すべての人はそれぞれの人生経験によって、自分自身を探求してるんだと思います。
だから音楽に限らず、どんな道を歩んでも、最終的には自分と向き合うことは必然なんでしょうね。
 
探求心って、あることを発見したり気づくと、また次へその先へとネクストステージに続きますよね。ベールを何層もめくっていくような。
そして気がつくと螺旋状に元の位置に戻ってきてたり、でも以前とは違った理解になったり、という繰り返しの中で生きていくものなのかなと思います。
 
僕の音楽生活がどこにフォーカスしてるのか?という質問に答えるのは非常に難しいです。
言葉にすると、必ず語弊が生まれるのですが、できる限り自分にとってピュアでありたいと思ってますが、
 
 
Q:ピュアであるとはどういう事ですか?
自己表現の目的に満足しなくなって、次にどんな目的を持ったのか興味があります。
 
A:自分自身を明け渡す、という事ですかね。
 
アーティストが自分を表現するという話やインタビューがよくありますが、自分を表現することって誰もが意識せずともやっている事とも思うんです。
だから自然に現れてくるものだし、もちろん意識的である事も同時に大切だとも思うのですが、、表現することが目的になるのはつまらなく感じます。
それは副産物のようなものであって、自分を表現しなくなった瞬間に出てくるものに、驚きや奇跡が生まれると言うかね。
 
 
Q:面白い話ですね。
 
僕はそもそも音楽って生活に絶対必要なものじゃないと思うんです。
でもご飯を食べるのと変わらないくらい自然な行為として音楽が生活に溶け込んでいる。
それはYoshitakeさんがおっしゃったように音楽のおかげで内側も外側も変化させられているからに他ならないからですよね。内側(魂、精神)と外側(肉体、社会)っていうのは一人の人間を構成する二つの要素であり、音楽がその二つの要素のガイドになってくれている。
 
余談ですがBrian Enoの言葉で「これまで、音楽を持たない人間文化が存在した試しはない。音楽は必要不可欠なものだ。だけどそれは単に、生きていくためでも、娯楽の為でもない。音楽がぼくたちを人間的にするんだ。」と言い残した文献がありますが、その言葉にも凄く近いなと思います。
 
A:お腹はいっぱいにならないかも知れないですが、精神の栄養分として音楽は人間にとっては必要不可欠じゃないでしょうか? 中には毒もありますけども。

通常、我々が音楽と呼んでるもののほとんどが作為的に作られた商品で、それを全く必要としない人がいることは頷けますし同感しますが、
音が存在する限り、無自覚でもすべての人が音楽体験を日常にしているはずなんです。
鳥の声や虫の音、風や雷の音、遠くから聞こえる子供の歓声、料理を作る音、自分のそして相手の心臓の鼓動、こう言うのを音楽と言って良いのかわからないけど、耳をすませば全て完璧な音楽になっていますよね。
 
本来、人間は声を使い、自然に音程が発生するので歌となりますし、体をゆすり手足を動かしてリズムを表します。これをやらない人間はいません。
 
生活と密接につながり、どの家系や集落にあった音が受け継がれ伝統となり、やがて洗練されて専門的になったり、ビジネスの商品として扱われるようになったことを考えると、何をもって音楽とするのか、、
音は、それぞれ周波数を持つ波動で、作為的または作為的ではなくても、音楽はその音波の構造を人間の脳や身体が捉えて反応する行為、と言うのかな。
 
例えば、僕は音楽は興味ないし、よくわからない、と言う人は多いと思いますが、そんな人が例えば水琴窟の音を聴いて何かを感じるってことは大いに有り得ますよね。波の音を聴いて、落ち込んだ気分が落ち着く経験だとかね。
そう考えると、僕たちが子宮にいた時から音楽は切り離せない存在ですよね。
 
 
Q:同感します。ご飯は食べないと一か月もすれば飢えて死にますが、音楽を全く聴かないからといって死ぬわけではない。そういう意味で生活に不必要と言いましたが、音楽が無いと物事に対しての感動は半減し心は荒むでしょうね。
 
A:実際に試すことは出来ませんが、もしかしたら僕の場合は死んでしまうかもしれません。
冗談ではなく、精神や魂的な意味では本当に。
耳が聴こえなくなったベートーヴェンの事を想像すると、壮絶な気持ちにさせられますよね。
 
物質社会と見えない世界があって、片方だけを重視するから世の中とんでもない事が起きてます。
音楽はなくても死なない、という考え方は物質的な捉え方で、本当は食と同じように大切だとも考えているんです。
 

つづく

 
次回の記事は2018/10/12(FRI)に更新です!
 

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