EXPE INTERVIEW LONG SET VOL.7

Question = K.Yamaguchi and Friends
Answer = Yoshitake EXPE
 
Q:先ほどアルバム”TEERA”の話を伺いましたが、その後6年の時を経て2012年ソロ名義としては2作目の“EMERALDA”リリースに至りましたね。EMERALDAはどのような経緯でリリースに至ったのでしょうか。
 
A:ずっとライブツアー続きの生活のため、なかなか制作に取りかかれないのが悩みでもあるんですが、2012年6月以降ライブが全くない期間があって。
アルバム制作にはまとまった時間と資金が必要なのですが、貯金もなくその日暮らし的な演奏の日々で、経済的には音楽活動を続けれるかというピンチでしたが、時間が出来たチャンスなので借金をして制作に取り掛かったんですね。もし失敗したら音楽活動は止めて職に就く覚悟でした。
 
 
Q:音楽人生を賭したといっても過言ではないですね。
僕はこのアルバム大好きで色んなシュチュエーション、家のリビングからダンスフロア、海外旅行中や作業中の合間であったりとにかく何百回も聴いてますが未だ聴くたびに新たな発見があります。
曲そのものの構造のようなものや不思議なコード感、変拍子、またトラックが変わるときの間。内省的でいて心地よく、力強いのに掴みどころのない不思議なアルバムだと思います。
 
A:何度聴いても新たな発見があるレコードというのは希少だし理想にしているので嬉しいです。
 
デビュー作のnutron”spectra”から即興性を重視してきましたが、次作”Teera”は先ほど話したように自動的に出来たもので、
その次に2010年にPARAの鍵盤奏者西くんとEXPE.NISHI名義で”Invisible Duo”をリリースしましたが、これは初めてDUO形式で打ち合わせ無しの即興ライブをした際の録音が残っていたもので、聴いた人はまさかと思いますが即興の奇跡をそのままパッケージしたものなんですね。
それで必然的に次作である”EMERALDA”は即興性よりも構築性を重視する流れになったのですが、とは言ってもガチガチに作り込んだものではないバランス感は意識していました。
 
 
Q:どこからどこまで構築され計算されているのかが理解りません。
絶妙なバランス感覚ですね。
 
A:時代は、社会は、新しいシステムを求めていると常々感じますし、音楽も同様に新しいシステムが必要なんだと思うのです。全てがシンクロしていますしね。
ですので芸術や音楽はどんどん先に進めていくべきで、同時に自分も進化していきたいと思っているのです。
それでPARAで行なってきたシステムを発展させたり、自分なりに発見したシステムを音楽の中に入れ込もうと試みました。
 
 
Q:システムというのはどういうものですか?
 
A:そんなに大げさなものではありませんが、例えばリズムの仕組みや音の動き方、コードボイシング、構成の方法やミックスバランスなどを通常ノーマルと言われるようなことって、テンプレートのようにある程度の形式や様式があると思うのですが、それをそのままやらずに少し視点を変えてみたりしながら自分なりの新しい方法論を織り込むんです。
例えば、ドラムのビートがちょっと聴いたことない感じなのは、奇数と偶数のポリリズムが入れ込んであったりして、緻密な仕組みがあったりするんですね。
ミックスもかなり細かいサブリミナル的な効果を施しています。
 
 
Q:YoshitakeさんはEMERALDAで何を目指し何を表現しようとしたのでしょうか。
 
A:EMERALDAは、子供の誕生に触れたことで多くのインスピレーションを与えてもらったことで、その生命のように不思議と自然に生まれて来た作品だと感じています。
 
 
Q:1曲目の”Episode”ではお子さんの声が入ってますよね。
 
A:まだ言語を知らない頃の、天使の声ですね。
子供と接していて、忘れていた自分の幼少期の記憶が蘇ってきましてね。
ある日家に帰る夕暮れに近所の草原の中に輝くエメラルド色の光を見た記憶を思い出したのです。その不思議な感覚や懐かしい感覚をたどって作ったのがあのアルバムなんです。

例えば、2曲目の”Formura”は息子が生まれる前日、ずっと待っている最中にギターを弾いてると、あのリズムやコードが自然に出てきたりしてね。
実は”Emeralda”はダブルアルバムにしたくて、実際は3枚分の楽曲があったんですが、予算と時間の都合で残念ながら実現出来ませんでしたが。
 
 
Q:未発表曲がまだあるのですか。
その後アルバムを発表しどのような反応があり、どのように活動が続きましたか。
 
A:ミュージシャンやDJからの評判は良かったようですが、一般の音楽ファンに届けるのが難しいようです。
レコードレーベルも今の時代は大変だしプロモーションも弱かったと思いますが、あまり話題にならず売れずで相変わらず厳しいままで。
ですが、国内ツアーを10年以上続けてたのが幸いして、各地のコアなお客さんの反応は割と良く、ライブで手売りしてなんとか音楽活動を続けて行くことができました。
 
友人のつてでNYのマニアックなレコード店(Other Music)に置いてもらったところ、入荷したアルバムをお店で流してたら最後の曲になる前に完売するという未聞の現象が起きたらしく、どんな地域でも音楽好きな人が聴いてくれるチャンスがあれば響くんだという事を確信できて、地道にゆっくり続けていきたいと思いました。
それで借金返済するお金をそのまま南米ツアーに充てて、それからは海外へも頻繁に行くようになりました。
 
 
Q:アルバムに参加しているパーカッショ二ストのMarcos SuzanoやドラマーのMarcelo Giorgioneもブラジル、アルゼンチン出身で南米のミュージシャンですよね。その縁も有りまずは南米ツアーを決行したのですか?
 
A:そうですね。ブラジルには2009年にマルコス・スザーノがフェスティバルに呼んでくれたことがあり行ったことがありましたが、アルゼンチン、特にブエノスアイレスには行ってみたくて。
2013年に南米行きを選んだのは、ドラマーのマルセロがブエノスアイレスに帰国するタイミングでもあったり、スザーノもリオに来るのを歓迎してくれたからですが、実際ブエノスアイレスではモノフォンタナのコンサートを観てみたかったし、アマゾンではアヤワスカのシャーマン儀式を体験しにいくつもりでした。
 
 
Q:なぜアヤワスカのシャーマンの儀式に興味を持ったのですか?
 
A:何故興味を持ったのでしょうね。
実際に体験した事がある人から話を聞いたからかもしれないし、大阪の民俗博物館で偶然に観たアヤワスカやアマゾンのシャーマン文化についての特別展も影響したかもしれないし、そうなる運命だったのかもしれないですね。
 
 
Q:2013年の南米ツアーはどうでしたか?
 
A:ブエノスアイレスではモノフォンタナのライブを観たかったので、その日は自分のライブのブッキングを入れないで欲しいと、ギタリストのカブサッキに伝えてたのですが、何故かモノやカブサッキ達と一緒に演奏することになっていて本当にびっくりしました。
 
モノフォンタナは現在の音楽家の中でも稀な斬新な作曲家だと認識していて、そんな憧れの大天才と自分がまさか一緒にステージに立つとは夢にも思ってなくて。
その夢のようなコンサートが終わって、観に来ていた若手ナンバーワンのジャズギタリストのルシオ・バルドィーニから突然連絡があって、かなり気に行ってくれて彼のアパートに招待されてセッションしたりしました。
彼はピアソラの孫のピピ・ピアソラ(ドラマー)のバンドのギタリストもしていて、モノ・フォンタナとも共演仲間らしいですが、僕の演奏を観た翌日モノに電話して、あの日本人ギタリストをどう思うかと質問したらしいのです。
モノは厳しい人で音楽については滅多に褒める人じゃないけど、僕の音楽を気に行って好きだと言ってたので、君はかなりスペシャルだよ、と伝えてくれた時、本当に続けてきて良かったと思い嬉しかったですね。
 
それからブラジルではマルコススザーノの家に招待され滞在させてもらって、次から次に凄いミュージシャンと出会う環境で、南米のミュージシャン達のスキルの高さに驚愕する毎日で、本当に良い経験でした。
ちょうどリオのカーニバルの時期で、音楽文化の懐の太さも体感し、念願のアヤワスカの儀式も体験したり、自分にとってのターニングポイントでした。
 
 
Q:その後はCDRやDVDなどの作品はありますがソロ名義でのアルバム作品を発表せず、長くツアーに出ていますよね。国内海外を過密スケジュールで周り続け数多くのミュージシャンに触れる中で数多くのインスパイアーがあるかと思いますが、Yoshitakeさん自身どのような方向を目指し活動を展開していくのでしょうか?
 
A:質問とは真逆かもしれませんが、創作したものが自分の未来や方向性を暗示している事に気付いたんです。
僕は活動について方向性を目指したり計画するタイプではないので、宇宙の意思のような自然の流れに身を任せるのが自分には合ってるのかも知れません。
アルバム制作については、そのうちじっくり制作出来るタイミングがやって来て、どのような創作物がやって来るのか、僕自身も他人事のように楽しみなんです。
 

つづく

 
次回の記事は2018/10/19(FRI)に更新です!
 

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