南米ツアー雑記 vol.4

それはまるで地獄のような永遠の時間で、これまでの自分の愚かな生き方すべてを総清算する懺悔の時間だった。自分自身に何が起きてるのか全く理解できないまま、大量の涙を流し、鼻水を垂らし、肚の底から悶絶の声を上げながらドロドロとした液体がこれでもかという程に、激しい逆流の波が幾度も押し寄せてくる。
今思えば、そこはまさしく地獄だった。気を失いながら吐き続けていたので、嵐が去り再び自分の存在らしいものが戻ってきた時には、空中に浮かんでいる感覚だったので、そうか、、自分は気絶して倒れているのか、、そう思った。近くに人の気配を感じると、彼はティッシュペーパーを手渡し「心配しないで、みんな最初はよくこうなるんだよ。すべて大丈夫だよ。」と言った。「すみません、ありがとう、、」そう言ってぐしゃぐしゃになった顔を拭いていると、どうやら自分の体は倒れておらず、ずっと前かがみのまま立っていたことを認識した。

 

とてつもない醜態だな、、そう思うと、もしも母親が見たら悲しむのか驚くのか心配するのかよく分からないが、見せずに済んで良かったと頭の片隅で考えがよぎる。母親、、懐かしいな、、あれ?自分は誰だっけ?、、そうか自分はヨシタケという名前だったか、、いや違う、、名前なんてない、ただ呼吸を繰り返す見知らぬ生物として存在していた。そうか、自分はまだ生きているんだな、、自分って何だ、、そんなものはもういない。

 

「うう、、おおお、、」地底からのうめき声が聞こえ、再びヴィジョンとともに新たな波が押し寄せる。うめき声と共に自分の中にある汚い何かが、悪魔のような邪悪なものが口から出てきている。味わったことのない死の苦しみが襲ってきた。自分の耐えうる限界は完全に超えてしまった。
強烈なビジョン、完全なる幾何学模様の世界にいる。そうか、自分は狂ってしまって元の世界には2度と戻れない。ああ、バカな好奇心が災いしてこんな大変な事態になってしまった。取り返しがつかないことになってしまった。後悔しても遅い、やってしまったんだ。この後、またあの液体を飲む?とんでもない、もう自分はすでに自分ではないし、そもそも自分って何だったのか、そんなものは最初からなかったのだ。終わったんだ、すべて捨ててしまおう。「うおおおお、、、」

後方から歌が聴こえてきた。そういえば、ずっと聴こえていたんだった。自分的にあまり好みの音楽じゃなかったはずなのに、今は何故か、この大勢の歌声の波が伝わってくる事によって、それが魂の命綱のようになっている。不思議だ。そしてとてもありがたい。

 

嵐は過ぎ去った。
「大丈夫ですか?もし動けるようだったら、元の場所に戻ってください。」そう声がしたので、礼を言って歩き始めるが、もうろうとしてまだ戻れそうにない。すぐ近くに岩が、自分の好きな感じの巨石があったので、それに手を触れながら「もう少しここにいて良いですか?」と尋ね、岩にもたれかかり体を預け天を仰いだ。

 

おお、、何と素晴らしいんだろうか。背中に触れる岩を感じ、足に触れる地面を感じ、手に触れる土を感じ、目には満天の星空を感じた。呼吸をすると新鮮な空気が身体の中を満たす。母親の子宮から生まれて初めて呼吸をしたことを感覚的に思い出し、星の一つ一つが生命体であることを思い出し、その生命体と生命体が奇跡的に交わって自分という生命体が出現することを思い出し、自分の体の全てが父親と母親の分泌物が混じり合った化学反応で光を発し生まれ、それが炭素として物質として出来上がってることを思い出し、またその父母のそれぞれ父と母すなわち祖父と祖母の4人がそれぞれの生命を宿し、自分の身体と精神が隅々まで彼らの分身として備わっていることを思い出し、またその父母であるひいおじいさん曽祖父と曽祖母の8人の存在を思い出し、その上に16人の高祖父と高祖母、32人、64人、128人、256、512、1024、2048、4096、8192、16384、32768、65536、131072、、、

 

無限にありそうな星を眺めながら文字どおりに天文学的数字をそこに重ね合わせて思い出し、今ここで呼吸をする自分という生命体の星が、地球という星に着地しているという当たり前のことが奇跡で、狙っては起き得ない確率で、今ここにいる、ということを思い出したのだ。
何故、再び思い出したと思うのだろうか。自分がこの世に生まれてきた時、全てを理解してここにやってきたじゃないか。
どうして、いつの間に、こんな簡単で単純な当たり前のことを忘れてしまっていたんだろう。星よ、地球よ、父よ、母よ、祖先よ、僕の全てはあなた方によって作られていて、離れていても切り離せないほどいつでも繋がっているというのに、どうして忘れてしまっていたんだろう。
全てが愛おしい、、目に涙が溢れ、宇宙全体とカラダ全体を融合しているこの瞬間瞬間を味わう。この感覚を忘れない。ああ、なるほど。これがカミと言われてることか。

 

心臓の鼓動を感じ、全身に血が流れているのを感じ、普段の当たり前の事実を思い出す。何も頼んでいないのに僕のカラダは自動的に呼吸をし、血液が循環し、細胞が入れ替わり、皮膚や髪の毛、見えない臓器など細かなひとつひとつの部分が、少しづつ入れ替わり新しくなりながらも死に向かっている。
やがて自分もまた父や祖父母と同じように、炭素物質としては消えてなくなってしまうだろう。

 

しかし、自分の生命から分けられた、尊く愛おしい、新しい生命体が現在の地球上で自分と同じように心臓を動がし呼吸をして同じ空気を吸っている。たとえ遠くに離れていても、いつでも繋がっているのだ。
やがてその生命たちにも分身も誕生し、またその生命たちの分身も分裂してゆき増殖していくのだろう。自分と見知らない人との血と肉が混ざってゆき、やがては自分という存在は忘れられた極小の細胞として、天文学的数の子孫の一部として、彼らの中にいつまでも宿り続けることを思い出す。

 

このような当たり前のことを新たな理解として、瞬間的にとめどなく脳に閃きが、胸の中から愛情が溢れ続ける。
「生まれてきてよかった」嬉しい気持ちで生まれてきて初めて素直にそう思った。
僕は父親から愛されてはいたが、同時に暴力も受けて育っていた。母親はそれを阻止することは出来なかった。だが、それさえも些細なことで、彼らも自分と同じように弱く間違いをおかす不完全な人間なのだ。父親と母親に感謝の気持ちでいっぱいになった。

 

目を閉じてヴィパッサナー瞑想を始めると、さらに感覚が研ぎ澄まされていき、驚いたことに第三の眼と言われている部分と、ハートセンターと言われている部分のチャクラが、感覚を通してその場所に実在し、呼吸をしてるかのように息づいている事実に気付いたのだ。

 

チャクラは東洋の古代の文献で伝えられ、その存在については書物を読んで知っていたが、現実に存在し、目に見えない何かの周波数を受信したり発信したりするアンテナのように、人間の潜在意識や深層にある無意識と脳や心や身体中に張り巡らされた神経がコネクトし、さらに外界の宇宙、自然界や人間界の共通意識や深層にある無意識とを繋げる役割をしているんだと認識することが出来た。直観やインスピレーション、さらにはテレパシーなどのサイキックと呼ばれる能力とも関係するのだろう。

 

そろそろ皆が集合する式典に戻らなければならなかった。持ち場に戻るよう指示されたのだ。

 

つづく…

 

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