南米ツアー雑記 vol.6

5歳か6歳だったかのある日、当時住んでいた近くの遊び場だった、淀川の堤防の草むらに眩しく発光するエメラルド色の光を見つけた。それは夢でも子供特有の幻想でもなく、僕の脳に生涯記憶に刻み込まれている強烈な映像の一コマだ。

 

エメラルドに輝く光をいつまでも見つめ続けたあの不思議な時間。眩しいけど、暖かくて優しくて心地良くて、少年だった僕にとって懐かしいという感覚を初めて体験した時だった。

何故か、そこへ行って触れてはいけない気がして近づかなかった。あの時、歩み寄っていたらどんなことが起きたんだろうか。

 

時間が止まった不思議で懐かしい永遠の感覚を改めて思い出すことによって、過去と未来をつなぐ音として『Emeralda』は現れた。

この感覚を思い出すきっかけは、尊い生命の誕生だった。

この誕生と成長の喜びの中、彼のピュアな感覚に触れることによって、長らく忘れ失っていた子供の持つ力強く正しい感覚が蘇えってきたのだ。

 

子供が放つ魔法により、純粋で創造的なインスピレーションがとめどなく溢れる。親が子供を教えるのではなく、子供が親を教え導いてくれるのが真実だと確信している。

我々は歳をとると、醜い世の中に身を委ね受け入れて、間違いを信じ愚かに生きてしまう。

 

2度目の南米からの帰国後も、巡礼とも言えるような長い旅は続いた。

日本に戻ると凝固した空気に包まれたようになり、南米での体験は夢だったように感じる。

この頃2013年は多くの苦難が重なった。

 

ある夏の日、山口から大阪への長距離の中国道の高速運転中、岡山県北にて極所的ゲリラ豪雨に遭遇し、即死寸前の大事故に見舞われたのだ。

朝から吐き気とめまいをして体調を崩していた。思い返せば、当時は精神的にもどうしようもない苦難と闘っていたが、恒久的で麻痺をしていたかのように、ひとり車に乗り込んだのを憶えている。

 

長いトンネルに入る直前、雨が降りだしたが、ただの夕立ちと思いしばらく運転していると、トンネル出口の光は茶色く濁った汚れたコンクリートのような壁が行く手を塞いでいる。慌ててスピードを下げるが、前方が全く見えず未知の空間へと突入した。

 

車体は猛烈な勢いの雨に打たれ轟音ノイズが響き、一寸先も見えない道を読みながらハンドルを切るが、操作が効かない。

教習所で教わったことのあるハイドロプレーニングという現象を初めて経験することになったのだ。

 

車が水の上に浮かび上がってアイススケートのように滑って行き、最悪なことに、急な下り坂に差し掛かったとき、遂にカーブを曲がりきれず縁石に当たると車体は優雅に回転し始めた。

半回転した時、進行方向と真逆を向き、もと来た道が前方に見える不思議なトリックで、どうハンドルを切れば良いのか戸惑った。

 

このような緊急事態ではある種の脳内物質が分泌され、感覚が研ぎ澄まされる。

無音のスローモーションの世界で、まず見えたのは車体後部がガードレールに激突し扉が壊れて全開し、積んでいたギターやギターアンプなどの機材が豪雨の中に消えて行った。そして次に目の前に現れたのは、対向車線側の新たなガードレールだった。

 

この時、自分の人生でもう何もすることが残されていないと覚悟した瞬間だった。

純粋な心からの思いは、もっと子供達と触れ合っていたかった事、親には孝行が出来ないまま逝ってしまう事、その謝りと感謝だった。

 

ゆっくり白い障害物が近づくのが見え、流れにまかせ運命に身を委ねた。

 

つづく…

 

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